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2. 電Q☆現代パラレル  

電Q現パロ1 ~下調べ編~

「前方右側より、目標物接近」
道路脇に止めた、車の運転席から告げられた浩大の台詞に、助手席の黎翔は視線を投げた。
視界前方10mほど先に、事前に写真で確認しておいた顔を見つける。
「…あれか……」
制服姿の女子高生だ。手には、学生かばんと、買物袋を下げている。
口元には、笑みが浮かんでいる。ご機嫌な様が、見てとれる表情だ。それをじっと見つめる紅い眼は、何を考えているのか。
浩大は、ちらりと横目に、その秀麗な顔を見ながら、既に分かっている情報を口にする。
「そ。汀 夕鈴、17歳。白陽高校2年A組。成績は上。教師の評判も良い。
同級生との友好関係も問題ない。クラブ活動は一切無し。父子家庭で、溺愛の弟が一人。普段はバイトと家事で走り回ってる、元気なお嬢ちゃんだね~」
愉しげに報告をする浩大を無視し、黎翔は黙って少女を見つめる。
それはあたかも、獲物を狙う狼のようだ。

徐々に自分たちの車の方へ近づいてくるが、車の窓にはスモークが掛っていて、外側から中を見る事はできない。
黎翔は、遠慮なく、夕鈴をガン見していた。

そんな夕鈴に、不意に近づく人物があった。
会話は聞こえないが、親しい間柄だというのは伝わってくる。
傍から見れば、じゃれ合っているようだ。
「…あれは誰だ?」
途端に不機嫌さを出した黎翔の簡潔な問いに、浩大の眼が楽しそうに煌めいた。
「あ~あれは、几 鍔って、お嬢ちゃんの幼馴染。白陽大商科の2年。
昔から家族ぐるみの付き合いで、仲が良いらしいよ」
「……特定の相手は居ないんじゃなかったのか?」
「付き合ってる彼氏、っていう存在は無いよ。ただ、あの幼馴染君が居るから、他の男が寄り付けないみたいだねぇ」
学校では、密かに人気もあるらしいよー、と口コミ情報を付け加える。
黎翔は柳眉を寄せ、苦々しい顔になる。
その様子に、浩大はうぷぷ、と笑いを堪える。
「隠れたライバルが、いっぱい居そうだよねぇ」
揶揄するような台詞に、黎翔はギロリと睨みつける。
睨まれた浩大は、おっかねー、と言いつつも、笑みを浮かべたままだ。
「さーて、どうやって近づくの?いきなり正面からぶつかって行っても、不審者扱いされかねないよね」
「……そうだな。まずは、自然に近づく必要があるな」
自分の目的の為には、彼女の存在は絶対なのだから。
黎翔は色々と策を考えながら、車の横を通り過ぎてゆく、夕鈴の姿をじっと見つめていた。
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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

2. 電Q☆現代パラレル  

電Q現パロ2 ~出会い編~

その二人は、ごく普通の出会いをした。
――――― と思っていたのは、少女の方だけだったが。
何度か偶然 ――― 半分以上が、偶然を装ったものだった ――― が重なり、そのうちに、顔を合わせれば、気軽に話をする程度の仲になった。

近所の顔見知りの知人。
その程度の付き合いのはずだったのが、ある日を境に、少女は彼の運命に巻き込まれた。

あの日、いつも適当なご飯で済ませている様子を見かねて、彼の自宅へお惣菜をお裾分けにいったのが、運の尽きだったのかもしれない。
まさか、自分があんな物を目撃してしまうとは――――。

今でも、あれは夢だったと思いたいが、現実は彼女に厳しかった。



最初に顔を合わせたのは、夕鈴がバイトをしているコンビニだった。

出入り口の自動ドアが開くと同時に、入店時に鳴るドアホンが、軽快な音を出す。
「いらっしゃいませー」
レジで作業をしていた夕鈴は、新たに入ってきた客の姿に視線を流した。

入ってきたのは、黒髪長身の、若い男性だった。
夕鈴がこのコンビニで働くようになって、既に1年以上が立っているが、初めて見る客だ。

夕鈴の声に、伏せられていた瞼がふいに上がり、彼女と眼が合った。
瞬間、夕鈴はまるで射竦められた様に、固まった。
強い光を持つ紅い瞳が、まっすぐに自分を捕まえている。

夕鈴は、身体が強張り、思わず身構えていた。
「い…いらっしゃいませ……」
だが、気押されながらも、声が出せたのは、生来の負けず嫌いな根性が頭を擡げたからか。
視線を逸らすこと無く、まっすぐに客を見つめる。
時間にして、5秒にも満たないものだったが、凄く長く感じた。

ふ、とその男性の視線が和らいだ。
口元には、微かに笑みのようなものも、浮かんでいる。
夕鈴はほっと緊張を解いた。
視線が逸れて、男性は店内を見回し始め、夕鈴はそれを視界の端に認めながら、手元の作業を再開した。


ふいに人影が差し、顔を上げると、目の前には先程の男性客。
真正面に立たれ、夕鈴は訳もなくどきりとした。
カウンターに、コトリと置かれたのは、缶コーヒーと栄養補助食品。
「あ…お会計ですね」
夕鈴は慌てて手元の書類を寄せ、商品に手を伸ばした。
相手も、品物を差し出そうとしたのか、2人の手が重なる。
「しっ失礼しました!」
夕鈴が慌てて手を引っ込める。俯いた顔は真っ赤だ。
それを見て、男性客は、くすりと笑った。
「大丈夫?」
柔らかな声が頭上から掛けられた。
そっと見上げれば、優しい視線が向けられていた。
「は…はい。失礼致しました。少々お待ち下さい…」
どきどきしながら、夕鈴はバーコードを読み取る。
「缶コーヒー、110円2点…」
ピッと機械音が響く。
「お会計、716円になります」
手早くレジ袋に商品を詰め込みながら、夕鈴の眉が寄った。
缶コーヒーに補助食品という組み合わせが、気になったのだ。
自分には無縁なものだが、きちんと食事を取っていれば、普通は必要ない物だろう。
どんな生活を送っているのか、といつもなら思わない事を、つらつらと考えてしまった。
「何?」
ビニール袋の取っ手を差し出したら、また、声を掛けられた。
「え?」
「今、何か考えてたでしょう?」
「あ、えっと…」
言い当てられて、夕鈴は戸惑った。親友にも、「あんたは顔に思ったことが直ぐに出る」と言われたこともある。
そんなに分かりやすいのだろうか、と思わず自分の顔を触ってしまう。
「差し詰め、こんなもの買ってる奴は、碌な生活してないな、ってところかな?」
からかう様な口調で言われ、慌てたように顔を上げる。
「いえっ!そんなつもりじゃ…っ」
真っ赤になって、否定する。相手は面白そうに笑っていた。
「ご…御免なさい……」
夕鈴は思わず謝ってしまう。
「くくっ。良いよ、本当だし。何なら、君がご飯を作ってくれても良いけど」
「へ?はぁ?」
「じゃあ、またね。汀さん」
そう言って、青年はレジ袋を手に、店を出ていった。
「え?えぇ?何なの???」
夕鈴は、いきなりあれこれ言われたことに、頭が付いていかない。
少し経って、冷静になると、自分はからかわれたんだと思い、腹が立った。
「何なの、あの人。絶対女ったらしよね!」
いきなり名前を呼ぶし。
ネームプレートを弄りながら、夕鈴の文句は続く。
「あの手のタイプは、それこれ綺麗な女性がとっかえひっかえなのよ!
平凡で悪かったわねーっ!」
ぷりぷりと、怒りの方向をあちこちに向けながら、夕鈴は商品棚の整頓を始めた。


二人はこうして出会い、その後気さくな会話を交わすまで、青年のコンビニ通いは続くのだった。

2. 電Q☆現代パラレル  

電Q現パロ3 ~狼の正体編~

閑静な住宅街の中に、最近高級マンションが建った。
オートロックは勿論、1階ロビーには、コンシェルジュが常時待機している。
医療機関とも提携しており、医師や看護師、介護士も揃っている。
フィットネスクラブもあり、住人は無料で使用できる環境だ。
所謂、お金持ちの入る、億ションだ。

そのマンションの最上階に、黎翔はひと月前に、越してきた。
ワンフロア丸ごと1室、7LDKの広さを持つ部屋だ。

今、そこには黎翔ともう一人、あどけない顔をして、狼の巣に入り込んでしまった少女―――夕鈴が居た。


黎翔がコンビニ通いを始めてから、数か月。
常連となった彼に、夕鈴も徐々に打ち解け、軽く会話を交わすようになった。
そのうちに、いつも非常食やお弁当などを買う彼に、つい言ってしまったのだ。
家でご飯を作らないのかと―――。
到底、自炊するようには見えない黎翔だったが、作ってくれる人は、居そうに見える。
だが、彼はあっさり否定した。
しかも、いつの間にか、夕鈴がご飯を作って持っていくことになってしまっていた。
なんで?!私はただ、コンビニ弁当ばかりじゃ身体に悪いと思っただけなのに!
コンビニに勤めながら、そんな事を思っていいのかはさて置き、こうして兎は狼の巣へ行く羽目になった。



「……………」
夕鈴は、初めて入るマンションの部屋に、圧倒されて声も出ない。
マンションの敷地に入るのにも、ロビーで黎翔の部屋を呼び出すのも、迷いに迷って、漸く突破したのだ。
だが、ロビーまで迎えに来られ、部屋へと案内されて、ドキドキしながら玄関のドアを潜り、奥へと案内されるが、回れ右をしたくなった。
自分の視界に入る物を、受け入れたくない、と脳内が拒否反応を起こしているようだ。

何これは?! どうしてシャンデリアなんてぶら下がってるのよっ!
家具もお高そうなものばかり。ああ、何か光ってる~。
フローリングに映る自分の姿が見えるようだ。
手にしたお惣菜の入った紙袋を抱えながら、夕鈴は逃げ出したくなった。
何か、すごく場違いなんですけどっ!!
そんな夕鈴の葛藤を知ってか知らずか、懐に入ってきた兎を、黎翔は笑顔でソファへと押しやる。
「来てくれて嬉しいよ。さ、座って。今何か、飲み物を持って来るから」
「へ?え?い、いや、お構いなく!これを渡しに来ただけですから!」
慌てて袋を差し出すが、黎翔はすぐに受け取らない。
「ああ、本当に持って来てくれたんだ」
「う。その、約束しましたから…。あの、でも、本当に、普通の庶民料理で…済みません」
何故か謝ってしまう。
こんな超高級マンションに住んでいる人なら、外で幾らでも美味しい物を食べられるだろうし、料理人を雇っていても、可笑しくない。
そもそも、コンビニなんかに買い物に来ること自体が変ではないか?
夕鈴はグルグルとしながらも、そんな事を考えた。
「そんな事ないよ。家庭料理なんて、久しく食べてないからね。嬉しいよ」
にっこり笑う黎翔に、子犬の耳と尻尾が見えるのは、幻か。
「一応、3日分くらいは、あるかと思うんですけど、食べる時は温めて下さいね。
あ、取り敢えず、今は冷蔵庫にでも、入れて置いて下さい」
そう言って、袋を手渡す。
「うん、分かった。じゃ、ちょっとしまってくるから、夕鈴は座って待っててね」
漸く受け取った黎翔は、夕鈴をソファへ促す。
「いえ、物はお渡し出来ましたし、これで失礼します」こんな高級な空間、居た堪れない!と夕鈴は既に逃げ腰だ。
「駄目だよ。せっかく来てくれたのに、お茶くらい、飲んでいって」
何の拘りなのかは知らないが、黎翔はそう言ってさっさとキッチンへと向かった。
そうなると、勝手に居なくなることも出来ず、夕鈴は仕方なく、勧められたソファへと、怖々腰を下ろした。
ふわりと受け止められた革張りのソファは、柔らかく、でもそれなりの弾力があって、心地いい。
夕鈴は浅く腰掛けながらも、落ち着かなく、視線をあちこちへ向けた。

広いリビングは、柔らかい色調で纏められており、置かれている家具は必要最低限ながらも、木目も美しい、高級感溢れるシンプルな造りだ。
男の人に有りがちな、威圧感のある、濃い配色ではなく、ベージュや生成りといった女性が好む配色だ。
何となく、黎翔自身はこういった物に拘らない気がするが、そうすると、誰の好みなのか。
そわそわと落ち着かないまま待っていたが、やはり居た堪れなくなって、夕鈴は勢いよく立ち上がると、黎翔が向かった先へ、そっと足を運んだ。


続き間のダイニング――――こちらも、何人座れるんだと言わんばかりのテーブルセットが鎮座していた――――の端を通り、その先にあるキッチンを目指す。

カタ、カタ、と音のする方へ、夕鈴が顔を覗かせると――――あちこちの開き戸や引き出しを開けっぱなしにしたまま、何やら探し物をしている黎翔が居た。
「……あの…」
そっと夕鈴が声を掛けると、驚いたのか、ぱっと黎翔が振り返る。
「あ…勝手に御免なさい。でも、あの、本当に、もう帰りますから、気を使わないで下さい」
「ええ~もうちょっと待っててよ。コーヒーでも入れようかと思ってたんだけど、夕鈴はコーヒー苦手だったよね?だから、紅茶を入れようとしたんだけど、何処に片付けられたのか、分からなくてねー」
あちこちを覗きながら言う黎翔の背中を見ながら、買ってきて、片付けてくれる人が居るんだ、と夕鈴は冷静に聞いていた。
「ねえ、主婦の勘?とかで、分からないかな?」
ちょっとおどけた様な口調で黎翔が促す。
それに釣られたように、夕鈴は足を進めた。
広いシステムキッチンは、汚れひとつなく、綺麗に片付いていた。
大きな食器棚には、種類は少ないながらも、数の揃った食器が並び、様々なグラスが、光を反射させている。
大きな冷蔵庫は、静かに鎮座しており、電化製品も、一通り揃っていた。
オール電化のコンロに、広いシンク。備え付けの収納棚は、使いやすい構造だ。
ぐるっと見回した夕鈴は、食器棚の下の方の開き戸を開けてみた。

棚の中、上段に、有名メーカーの紅茶の缶が、あった。
「これ…だと思うんですけど」
口の開いていない缶を取り出し、黎翔に手渡す。
「うん、流石だね。一発で見つけられるなんて」
にこやかに笑って、黎翔は受け取る。
「えーと。ポットに入れて~」
夕鈴の目の前で、大きなポットの蓋が外され、紅茶の缶から、ざばっと葉っぱが投入された。
「ええっ?!ちょっ…ちょっと待って下さい!」
「え?どうかした?」
あまりのダイナミックさ――――と言っていいのか―――に、思わず夕鈴はストップをかけた。
「あの…今までお茶を入れたことは……?」
恐る恐る聞くと、目の前の小犬然とした青年は、フルフルと首を振った。
駄目だ…。
夕鈴はがっくりと項垂れた。


「お茶を入れる時は、温度が大事なんです」
結局、夕鈴の俄かお茶入れ講座が始まった。
湯の沸かし方、ポットや茶器の温め具合、お茶の蒸らし時間など、黎翔に遣らせながら、事細かに教えていく。
「後は、入れる時に、飲む人の事を考えて、美味しくなりますように、って…」
言いながら顔を上げると、微笑む黎翔と目が合った。
ぱっと夕鈴の頬が赤くなる。
「あっと、最後のは、いいです!気にしないで下さい!」
赤くなって慌てている夕鈴を見て、黎翔はふわりと笑う。
「大事なことなんでしょ?飲む人の事を考えて、美味しくなりますように…だっけ?」
優雅な手付きで、温まったカップに紅茶を注ぐ黎翔の動作に、ほっと見惚れる。
「さて、先生の採点はどうかな?」
コトリと夕鈴の目の前に、ティーカップが置かれた。
作業台の傍にも置かれていた椅子が引かれる。
どうぞ、と促されて、夕鈴はおずおずと腰を下ろすと、そっとカップを持ち上げた。
口元へ持っていくと、ふんわりと芳香が鼻を擽る。
一口含めば、程よい熱さと、円やかな味が口内に広がった。
「…美味しい……」
呟いた言葉に、夕鈴の表情を窺っていた黎翔が、嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。どうやら、合格点を貰えたようだね」
「とっても美味しいですよ。ご自分でも、飲んで見て下さい」
夕鈴に勧められ、黎翔も自分の分を注ぐと、そっと口を付けた。
「どうですか?美味しいでしょう?」
にこやかに笑って聞いてくる夕鈴を見て、黎翔も笑みを浮かべる。
「うん。でも、美味しく出来たのは、夕鈴の教え方が上手だからだね。それに…美味しいと思えるのは、夕鈴と一緒だからじゃないかなぁ」
「んなっ?!そ…そんな事ないですよ!こっ、こんなの、やり方さえ分かっていれば、誰でも美味しく入れられますからっ!!」
夕鈴は真っ赤になって、わたわたと手を振り回し、焦って言葉を紡ぐ。
「えーそうかな?好きな子と一緒に味わえば、美味しさも増すんじゃない?」
「へ?は?好きな…って」
夕鈴は益々真っ赤になって挙動不審になってゆく。
落ち着け、落ち着け。えーとえーと、これは一般論よ!家族とか友達とか、好意のある人と一緒に食事したりすれば、一人よりずっと美味しく感じられるってことよね!
夕鈴はぐるぐるしながらも、何とか着地点を見出した。
「そうですね!私も、一人より、友達や家族と一緒のご飯の方が、美味しいと思います!」
「え?いや、そうじゃなくて……」
「あ、もし、どなたか一緒にお食事される方がいらっしゃるんでしたら、持ってきたお料理じゃ、足りないかもしれませんね。御免なさい。一人分のつもりで、持って来てしまいました。3日も持たないですね。どうしよう。また明日にでも、追加した方がいいですか?
あ、でも、こんな庶民料理なんか出したら、恥ずかしいですよね。もうちょっと、見栄えのするものを考えて作ってこれば良かった…」
黎翔の否定も流し、夕鈴は捲し立てる。
「いや、誰か来ることもないし、食べるのは僕だけだけど…また、作ってくれるの?」
何とか体制を建て直し、夕鈴の言葉尻を捉えて、次の機会を得るべく、黎翔は突っ込んでいった。
「えっと…でも、私の作る物なんて、本当に似たり寄ったりの、庶民料理でしかないですし、どなたか作って下さる方が、いらっしゃるんじゃないですか?」
「居ないよ、そんなの。前にも言ったでしょ」
そう言われても、夕鈴は今一納得できなかった。
「夕鈴のご飯、食べられたら嬉しいんだけどな」
小犬の耳と尻尾が、おねだりをしている。
「えっと…じゃあ、偶になら……」
小犬のきゅるりん攻撃に弱い夕鈴は、結局絆されてしまった。
「本当に?嬉しいなぁ。あ、勿論材料費は出すし、良かったら夕鈴もここで食べていけばいいよ。うん。沢山作ってね」
幻の尻尾を振りながら、黎翔はちゃっかり話を進めていく。
夕鈴は困った顔をしながらも、こんなに喜んでいるのに水を差すのも気が引けて、黙ったまま、紅茶を啜った。

視線を泳がせていた夕鈴の視界に、ある物が目に入った。
それは、壁に掛かっていた時計。
その針の位置を認識した瞬間、夕鈴の眼が、かっ!と見開かれた。
「嘘っ?もうこんな時間?!」
お茶の入れ方を教えるのに、思ったより時間を喰っていたようだ。
キッチンは窓がなく、外の様子が分からない。煌々と点いている電気で、時間など分からなかった。
慌てだした夕鈴を見て、浮かれていた黎翔が、耳と尻尾を引っ込めた。
「あの、長居しちゃって御免なさい!私そろそろ帰ります!」
言われて、黎翔も時計に目を向けた。
そろそろ、日が暮れる時間が近くなっていた。
「そっか…そうだね。あんまり遅くなっても、家族が心配するだろうし」
普段は押しの強い黎翔も、時間を確認すると同意し、夕鈴は慌ただしく、食器を片付け始めた。
「ああ、良いよ。僕が片付けるから」
「いえ、すぐに終わりますから、やらせて下さい」
「大丈夫だよ。そこに置いておいてくれれば、後でやるから」
「ポットとカップだけですから、本当にすぐ終わります。任せて下さい」
言い合いながら、二人の間で食器が揺れた。
と思った瞬間、カップがソーサーから滑り、宙を舞った。
有名ブランドのカップは放物線を描きながら重力に従い、床に触れると、カシャーン、と硬質な音を響かせ、見事に砕けた。
一瞬で凍り付いたように動きが止まった夕鈴は、自分の手から飛んでいったカップの成れの果てを凝視した。

「―――うっぎゃあああああああああっ!!!!!!」
凡そ、若い女性の悲鳴とはかけ離れた雄叫びが、広がった。
「ごっ御免なさい!御免なさい!御免なさいーっ!!」
どどどどうしよう。これ1個、幾らくらいするのかしら?!今月のお給料は、もう支払に回すのが決まっているのに―――。
半泣きの顔で、夕鈴は欠片を拾おうと屈んで手を伸ばした。
そこへ、ふわりと大きな手が被さる。
「危ないから、触らないで。大丈夫。すぐに片付けるから」
柔らかな声が、頭上から夕鈴を止める。
涙目でふり仰げば、黎翔がじっと見つめていた。
「ご…御免なさい。弁償しますから~」
じわっと涙が浮かび、夕鈴はひたすら謝る。
「気にしなくて良いよ。夕鈴が悪いわけじゃないんだから。ゴメンね。折角片付けようとしてくれたのに、僕が引っ張ったりしたから…」
「いいえ!私が悪いんです!本当に、弁償しますから」
フルフルと顔を振って、なおも言い募る夕鈴の眼尻に溜まった涙を、黎翔は親指で優しく拭う。
「本当に、大丈夫だよ。カップは他にも沢山あるんだし。それより、怪我してない?破片は中らなかったかな」
「大丈夫です。あの、箒と塵取り…なんて、ないですよね……」
この超高級マンションの部屋から、その組み合わせが出てきたら、ある意味レアな場面かもしれないが、残念な事に、掃除機しか出てこなかった。
夕鈴が密かに見てみたかったルンバではなく、水分も吸い取れる、業務用のりっぱな物だったが。

「本当に、後は僕がやるから、帰る支度をするといいよ。家まで送ってあげるから」
「いえ、このままにしておくのも、気になりますので、最後まで片付けて行きます!」
徐々に、落ち着かない所作を見せ始めた黎翔に気づくこと無く、夕鈴は眼の前の残骸を片付ける。
大きな破片は、丁寧に拾って紙に包み、後は掃除機で隅々まで吸い取る。
細かい破片が、何処まで飛んでいるか分からないのだ。後でうっかり踏んでしまっては大変、と広範囲を掛けてゆく。
「夕鈴、もういいよ。そろそろ出ないと、日も暮れるし、ね?」
「あ、はい。でも、あと洗い物だけですから。やってしまいますね」
「いや、本当にもう良いから!」
先程まで、にこやかに夕鈴を構っていた黎翔が、今度は何故か、早く帰らせようとしている。
「あの、やっぱり、どなたかいらっしゃるんですか?」
「いや、そうじゃないんだけど…」
歯切れの悪い黎翔の態度に、夕鈴の方が色々想像してしまった。
「うーん。やっぱりまだ話すのは早いような気がするし……」
ブツブツと黎翔が、呟いているが、夕鈴の耳にはもう届いていない。
「分かりました。では、申し訳ありませんが、これで失礼しますね」
自分の中で、何やら結論付けた夕鈴が、先に動いた。
「あ、うん。ゴメンね、色々やらせちゃって。今送っていくから」
「いえ、まだ時間も遅くありませんし、ちゃんと帰れますから、大丈夫ですよ」
「でも、これから家でやることあるんでしょ?時間気にしてたし」
「本当に、お構いなく。帰ってやることなんて、ご飯支度くらいですから。
却って、こんなに長居してしまって、済みませんでした」
「そんな事ないよ?!来てくれて嬉しかった。ご飯もね、有難う。後で頂くね」
「あ、はい。お口に合うか、分かりませんが、あの、不味かったら、処分して下さって構いませんから…」
「とんでもない!全部、ちゃんと食べるよ!」
夕鈴の言葉に、黎翔は全力で否定する。

二人はキッチンからダイニングへと移動し、そこから居間へと移る。
ソファの傍には、夕鈴のバッグが置いてあった。
居間の南側は、大きな窓だ。レースのカーテン越しだが、外からの光はもうかなり弱く、空の色は薄紫色へと変化していた。

バッグを肩に掛け、玄関へ向かおうとした夕鈴に、黎翔がまた話しかけた。
「あのね、夕鈴。今度また、来てくれるかな?」
「へ?な、何でですか?」
「うん…実は、夕鈴に聞いて貰いたい事、というか、話したいことがあって、ね」
「はぁ…」
今一要領を得ない黎翔の言葉に、何なのか、と思うも、分かるはずもなく。
今ここで、簡単に終わる話ではなさそうだ、と感じ、夕鈴は取り敢えず、了承した。

「あ、あと、カップはちゃんと、弁償しますから、あの、メーカーさんのお名前、教えて貰えますか?」
少し恥ずかしそうに、顔を赤らめ、上目遣いで聞いてくる夕鈴を目の前にし、黎翔の左手がぴくりと反応したのは、無意識か。
「御免なさい。私、ブランドとか詳しくなくて…あの、今度同じの買って持ってきますから。
あ、でも、今月はちょっと、厳しくて…来月になっちゃかもしれないんですけど!」
「弁償なんていい、て言っただろ?気にしないで。それより、時間がないから、早く行こうか」
来た時とは打って変わって、黎翔はまるで追い立てるように、玄関へ向かわせる。
夕鈴がシュン、としたのを見て、黎翔が慌てる。
「急き立てて御免ね。ちょっと、急用を思い出しちゃって…」
下手な言い訳だと思ったが、黎翔としては、そうでも言うしかない。
まだ、彼女に何の説明もしていないのだから―――。

黎翔の慌てぶりに、夕鈴も愚図愚図している場合ではない、と思ったのか、そそくさと玄関へ向かった。


無駄に広い玄関で、ソファに座りながら、ブーツを履く。
こんな時に限って、手間の掛かる靴を履いてきてしまった。
おまけに、焦っているせいか、チャックが噛んでしまい、尚更に焦る。

「あ、やばい。もう駄目かも…」

不意に後ろから言われた言葉に、夕鈴はふと顔を上げ、振り向いた。
途端に、後ろに立っていた黎翔の顔が、ポワン、と輪郭が歪んだと思ったら、次の瞬間、何故か其処には見慣れた物体が乗っていた。


「え?れ…黎翔…さん?あの…その被り物は……」
夕鈴の眼には、黎翔の顔が在った場所に、煌々と輝くものが映っていた。
自宅のあちこちで、よく目にする形だ。生活に密着していると言ってもいい。

何時の間にこんな被り物を…いや、しかし、彼はこんな事をするようなキャラだったか。
それにしても、良くできている。
眩しいながらも、眼を逸らす事も出来ず、夕鈴は思いっきり凝視していた。
「あ~間に合わなかった……。これ、ね。被り物なんかじゃなく、見た通りのものなんだよね」
肩を落とし、目の前でほわほわ光る物が、何か喋った。
声は間違いなく、黎翔のものだ。だがそれに、口らしきものは、見当たらない。
「えっと…。良くできてますね?何か…催し物に、使われるんですか?」
見た感じ、首元は服の襟で、どうなっているのか見えない。
被り物としては、視界や呼吸は大丈夫なのだろうか。
仕組みが良くわからない夕鈴は、目を細めながら、無意識に手を伸ばしていた。

触れた瞬間は、温かいと思った。まだそれ程熱くなってはいないのだろう。
が、くっと力を入れても、それは動かない。
「…夕鈴、無理だよ。これは今、完全に身体と繋がってるからね。僕の頭になってるんだよ」
尚も、黎翔が否定し、且つ説明をする。

「繋がっている…?頭?」
それはつまり……。

「え?ええ?えええええええええええええっ?!」


本日二度目の雄叫びだった。



嘘でしょう?そんな事って……。
黎翔さんの頭が……頭が………電球だなんてっ!!

有り得ない―――――――っ!!!!!!!!


夕鈴の中で、何かが振り切れた。
すうっと意識が遠のく。
「うわっ、夕鈴!ちょっと!!」
黎翔の焦った声がするも、既に夕鈴には届かない。
落ちた瞼の向こうが、やけに眩しく感じた。








テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

2. 電Q☆現代パラレル  

電Q現パロ4 ~電球の呪い編~

ふわふわ…なんだか気持ち良い……。
夢心地の中で、夕鈴は寝がえりを打つ。
身体を受け止める布団は、柔らかく包み込んでくれる。
「ん……」
もう一度、深い眠りに入ろうとした意識に、待ったを掛ける声が聞こえた。
「夕鈴?気が付いた?」

気が付く?何が?
夕鈴の頭の中で、疑問符が浮かぶ。
ゆっくりと、浮上する意識と共に、瞼が持ち上がる。
視界に入ってきたのは、いつもの自分の部屋ではなく、クリーム色の天井と、シンプルな照明器具。
そして、ほんのり明るい電球の灯り。

「―――――っ!!!!!!!」

一瞬で意識が覚醒した途端、夕鈴はがばっと起き上った。

「っと、そんな急に起き上って、大丈夫?!」
電球が声を掛けてくる。
「ひっ!……だ…大丈夫…です」
思わず身体が引けたのは、仕方ないだろう。
何せ、相手は普通の人間じゃない。
少しくらっとした頭を押さえながら、夕鈴は自分に言い聞かせる。
落ち着け、落ち着け。
えーと、ここは、黎翔さんのおうちで、私は惣菜を届けに来て、お茶をご馳走になって、帰ろうとしたところで……。

そーっと視線を右上に上げる。
20Wくらいの電球が、ほわほわと光っていた。
その下には、人の身体が続いている。

夢だったと思いたかったが、現実は彼女に厳しかった。


「……れ…れい…しょう……さん?」
「うん。本当に大丈夫?お水でも飲む?」
恐々と声を掛けると、あっさり返事が返り、枕元のサイドテーブルに乗っていたグラスを渡される。
夕鈴は恐る恐る手を伸ばし、コップを受け取ると、口に運んだ。
冷たい水が喉を通り、思ったより自分が乾いていた事を知る。
飲み干すと、コップを戻し、改めて現状を確認しようとした。

「あの……ここは…?」
セミダブルのベットが二つ並ぶ、15畳程の部屋。
備え付けのワードローブに、各々のサイドテーブル、スタンド型の照明器具が、淡い光を放っている。
部屋が広い割に、至って簡素な部屋だった。
「客用の寝室だよ。夕鈴、気を失っちゃったから、ここに運んだんだ」
ほわほわ電球が―――もとい、黎翔が説明をする。
「そっそれは!お手数をお掛けしました。済みません!」
夕鈴がわたわたと布団から抜け出す。

「ううん。突然で、驚かせたのは、こちらだからね。説明しようにも、話がかなり長くなるから、また日を改めてと思ったんだけど…」
時間切れになっちゃって、夕鈴を驚かせてしまった、と黎翔は謝る。
そういえば、帰る前に、また今度話があるとかなんとか言われたな、と夕鈴は記憶を遡る。
立ちあがったものの、そのままベッドの上に、ぽす、と座らされた。
「お話の内容は…そのあ…姿に関すること、ですか」
頭、と言いそうになったのを、なんとか誤魔化す。さすがにその良い方は、ストレート過ぎだろう。
「うん、そう」
「何故、私に?」
夕鈴としては、素朴な疑問として聞いただけだった。
だが、それに対する答えは、重みを持った、真剣な声だった。
「君が鍵だから」
「へ?」
「この呪いを解く為には、どうしても、君の存在が欠かせないんだ」
黎翔の真剣な口調に―――何処から発声されているのかは良く分からないが―――夕鈴は聞く体制を取る。
「呪いって…何ですか?私が鍵?どういう事なんですか?!」
夕鈴の顔には、訳が分からない、と書いてあるかのように、困惑が広がっている。
「うん。全部話すと長くなるから、詳しい事は後日として―――割愛すると、僕には先祖代々の呪いが掛っていてね。
見ての通り、日が暮れると頭部が電球になってしまうんだ。その呪いを解く鍵が、夕鈴、君なんだよ」
「へ?えええええぇぇぇぇぇえええ?!」
3度目の雄叫びだった。


その後、どういう事かと詰め寄ったものの、話はまた後日、ということで切り上げられ、結局詳しい事は分からずじまいだった。

「さ、今度こそ、送るよ」
そう言われて、夕鈴は立ちあがるも、ふとその顔―――でいいのか―――を見上げた。
送ると言っても、この姿で外に出て、誰かに目撃されたらどうなるのか。
そんな夕鈴の考えを察したのか、黎翔はほわほわと光りながら説明した。
「君を送るのは、僕じゃないよ。残念だけどね」
「え?いや、大丈夫です。一人で帰れますから」
「駄目だよ。もう外も暗くなってる。女の子が一人で夜道を歩いていて、何かあったらどうするの?」
大丈夫、駄目だ、の応酬をしながら、最初のリビングへと移動する。


広々としたリビングは、シャンデリアが煌々と光っていた。
その下には、ソファで寛ぐ小柄な男性の姿。
「あ~やっと出てきた。何時まで籠ってるのかと思っちゃったよ」
にかっと笑う顔は、人懐っこい雰囲気だ。
「浩大。煩い」
睨んだのかどうかは分からないが、電球の光が、白っぽく、鋭くなった。
「お~怖っ」
そんな変化にも、肩をすくめておどける浩大と呼ばれた童顔の青年は、ちろっと夕鈴に視線を向けた。
「初めまして~。鍵のお嬢さん。俺っちは、この光ってる人の小間使いでね。浩大って言うんだ。大ちゃんって呼んでね」
「…はぁ。あの、汀 夕鈴です。宜しくお願いします」
夕鈴が戸惑いながらも、丁寧にお辞儀をすると、浩大はまた、にかっと笑った。
「浩大、準備は出来てるのか?」
鋭い光を投げかけられても、浩大の態度は変わらない。
「もっちろん!何時でも出れますよ~。んじゃ、行きますか」
「夕鈴。彼が車で送るから、地下の駐車場へ一緒に行ってね。僕は一緒に行けないけど…」
「へ?え、あ、はい。あ…ありがとうございます」
戸惑いながらも、夕鈴は頷いた。

「じゃ、またね。夕鈴」
玄関で、黎翔が念を押すように、声を掛ける。
「はい…。あの、お邪魔しました」
丁寧にお辞儀をして、夕鈴は玄関を潜った。


エレベーターで、一気に地下まで下りる。
指先で鍵を回しながら、鼻歌を歌う浩大に、夕鈴はそっと声を掛けた。
「あの…浩大さん」
「ん?何?道なら知ってるから、大丈夫だよん」
「いえ、そうじゃなくて…」
夕鈴の聞きたいのは、黎翔の事。なぜ、あんな姿になるのか。自分が鍵とはどういう事か。
何が何だかわからなくて、まだ頭がぐるぐるしている。
「ん~それについては、俺からは、あんまり話せる事はないなぁ。また改めて、ちゃんと説明するって言ってなかった?」
「はい。そう言われましたけど…」
「うん。じゃあ、それまで待ってればいいんじゃね?どーせ考えたって分からないだろ?」
浩大のあっさりとした物言いに、夕鈴は頷かざるを得ない。
とりあえず、何も分からない事を考えても、時間の無駄だ。
一旦置いておく事にしよう。
気持ちを切り替え、夕鈴は案内された車に乗り込んだ。


「あの…浩大さんは…黎翔さんとの付き合いは、長いんですか?」
呪いだとかの内容を教えて貰えないのなら、他の事を聞いておこう、と夕鈴はまず、浩大から突いてみる事にした。
「ん~そうだねぇ。俺んちが、代々珀家に仕えていてね。小さい頃は、遊び相手だったし」
今はすかしてるけど、小さい頃は可愛かった、と浩大は語る。
「甘えたでね~」
「へぇ…そうだったんですか」
ほのぼのとした情景が浮かんだが、何故か、頭が電球に切り替わってしまい、夕鈴は一人焦る。
「あ…あの、ご両親はどんな方なんでしょうか……」
やっぱり電球なのだろうか。
微笑ましい筈の親子の情景が、なんだかシュールなものになってしまった。
ぶはっと浩大が吹き出した。夕鈴の考えている事が分かったのだろう。
「い…いや……。奥様…あの人のお母さんは、普通の人だったよ。アレは、父親の方の系統だから」
「そっそうですか!」
夕鈴は赤面しながら、わたわたと慌てふためく。
本当に、嘘や誤魔化しが出来ない性分だ。
「ちなみに、あの人が小さい頃は、豆電だった」
「ええっ?!豆電?ほんと?!」
「と言うのはうっそ~ん」
「浩大さん!!」
けらけらと笑う浩大に、文句を言うも、馬耳東風だ。
一瞬、頭の中で豆電球な小さい黎翔を思い浮かべてしまったのは、絶対口にはできない。
そんな会話を交わしていたら、あっという間に、自宅前に着いてしまった。



そんな衝撃の出来事から5日後。
夕鈴はいつものコンビニバイトで、黎翔に会った。
「こ…こんにちは」
昼間なのだから、勿論黎翔の顔は普通の人のものなのが、何故か内心焦ってしまった。
変わらず綺麗な顔立ちだな…ってそれはどうでもいいのよ!と自分で脳内突っ込みをしつつ、夕鈴は知らずに身構える。
「うん。この間は、ありがとう。料理、どれも美味しかったよ」
「あ、そっち……。そうですか…それは、良かったです」
何となく、眼を合わせづらくて、夕鈴はつい俯いてしまう。
「それでね。この間言ってた、説明のことなんだけどね」
気になっていた事を言われて、はっと顔を上げた。
途端に、「のわあっ」との奇声と共に、仰け反る羽目になった。
なんなんだ!どうしてそんな近くに顔を寄せているんだ!!
思わず口から文句が出そうになった。
黎翔は、カウンター越しに、夕鈴の顔を覗きこむかのように、接近していた。
「近い近い近いです~!」
「だって、夕鈴、顔見せてくれないから」
20歳過ぎた大の男が拗ねる姿というのも、ある意味怖いものがある。
それをつい、可愛いなどと思ってしまった時点で、夕鈴の立場は劣勢と言えるか。
「夕鈴の都合のいい日を聞こうと思ってね」
押されても、どこ吹く風と、黎翔は笑顔で詰め寄ってくる。
「今度は何時、来てくれるのかな?って」
「は?」
「約束したでしょ?またご飯作ってくれるって」
「はぁ…」
確かに。だが、そっちか?!と思わずにはいられない。
それよりも、説明が先でしょーがっ!との思いを込めて、夕鈴は眼の前の整った顔をぎんっと睨みつけた。
「話はその時にしようと思ってね」
にこにこと話す黎翔は、傍から見ても、凄くご機嫌だ。
夕鈴の睨みなど、気にもしていない。
はぁ、と溜息が洩れる。
「…明日の午後からなら、時間はありますけど……」
呟くように言うと、黎翔のご機嫌モードが、更にアップした。
今は昼間なのに、電球で明るくなったように感じたのは、気のせいか。
眼の前で、しっぽを振って喜んでいる小犬のような成人男性を見ながら、夕鈴は自分の感覚が不安になってきた。
既に感覚が毒されているのかもしれない。
「じゃあ、明日、1時頃に迎えに行くね」
うきうきモード全開の黎翔に押し切られ、疲れ切った夕鈴は、力なく頷いた。




コンビニでの約束から、夕鈴の溜息が100回を越えた頃、汀家の前に約束のお迎えが着た。

「すみません。わざわざ来て下さって」
「全然。買い出しもあるんだよね?荷物あるなら、足があった方がいいでしょ?」
今日も黎翔はご機嫌だ。
助手席に夕鈴を乗せ、ゆっくりと住宅街を進む。
前回、浩大に送迎を任せる羽目になったのが悔しかったというのは、勿論秘密である。


マンションに行く前に、夕鈴行き付けのスーパーに立ち寄る。
午後一からのお買い得品など、事前にチラシでチェック済みだ。
「何か食べたい物とかありますか?」
「夕鈴が作ってくれるなら、何でも良いよ」
「そう言うのはいいですから!」
夕鈴は真っ赤になって、ずんずんと進んでいく。
テキパキと品を決めて行く夕鈴の後を、買物かごを持った黎翔が、にこにことしながら付いてゆく。
「…随分ご機嫌なようですが…何か良い事あったんですか?」
すっかり顔が緩んでいる黎翔を見上げて、夕鈴はつい、聞いてしまった。
「ん~?何だか新婚さんみたいだな~って思って」
「んなぁっ?!何言ってるんですか?!」
瞬間湯沸し器も負けるだろう、一瞬で夕鈴が沸点を超えた。
「だってさー。休日の昼間に、若い男女が連れ立ってスーパーで買い物、なんて新婚夫婦とかかなぁ、って周りから推測されてるみたいだし」
夕鈴は品定めに真剣だったので気付かなかったが、確かに周りの主婦達からは、「あら、若いカップルね~。新婚さんかしら」「旦那さん、イイ男ねぇ」などと微笑ましげに見られていたのだ。
「―――――/////っ!」
周りの視線に気づいた途端、夕鈴が羞恥のあまり、真っ赤になって爆発した。


恥ずかしさが頂点を超えた為、夕鈴は買物を終えてから、車の中でも始終無言だった。
真っ赤になって俯いたまま、ぼふぼふしている夕鈴を見て、流石に黎翔も気遣う。
「夕鈴?怒ってる?」
「へ?は?何がですか?」
「さっきの、お店でのこと…。新婚さんみたいだとか言ったの…不愉快だった?」
ちらっと視線で伺ってくる顔は、既に萎れた小犬モード。
ぺしゃっと垂れた耳が見える。
「やっ!あの、それは…恥ずかしかっただけで…!」
「僕と夫婦って、恥ずかしい?」
「そうじゃなくてですね!」
「嫌じゃない?」
「ぜんっぜん!嫌じゃないです!!寧ろ、相手が私でごめんなさいって言うかっ!」
「なんで?僕は夕鈴が相手だったら、嬉しいけど」
「いや、だから、そういうことじゃなくて~」
言ってるうちに、訳が分からなくなってきた。
パニくりだした夕鈴を見て、黎翔が吹き出す。
「かっ、からかわないで下さい!!」
真っ赤になって、涙目で睨んでも、ちっとも怖くない。むしろ、その顔は別の意味で危険だ。狼の前で、そんな顔をしてはいけない。
「からかってなんていないよ」
宥める様に、ぽんぽん、と頭を撫でられ、夕鈴はまた俯いた。
「僕は夕鈴のこと好きだから、そういう風に見られたら、嬉しいなあって思ったんだよ」
念押しのように言われ、また夕鈴の顔が赤くなる。
「そ…それは……ありがとうございます……」
ぼそぼそと呟くように言いながら、夕鈴は、ますます縮こまってしまった。




ドライブはあっという間で、黎翔のマンションに付くと、地下からエレベーターで一気に最上階まで昇る。
ちなみに、荷物はさっさと黎翔が取り上げた。
夕鈴の手には、おやつにと買ったケーキの入った箱だけだ。



相変わらず、だだっ広い豪華な部屋の中。
キッチンで荷物を片付け、一段落した所で、黎翔がいそいそとお茶の準備を始めた。
「さて。今回は旨く入れられるかな」
「え?あ、私がやりますよ?!」
「いいから、夕鈴は座ってて。あれから何度か自分で入れて、練習したんだ」
褒めて、と言うかのように、しっぽを振る小犬…もとい、にこやかな黎翔。
夕鈴が教えた通りに、たっぷりと湯を沸かし、ポットとカップを温める。
手持無沙汰な夕鈴は、テーブルに置いていたケーキの箱に手を伸ばした。
「ケーキ、出しますね」
「あ、そうだね。食器は好きなの使って」
「はい。って、そうだ。この間の割ってしまったカップ…」
「ああ、弁償するって言ってたけど、良いって言ったよね?基本一人だし、こんなに必要ないんだから、一つくらい無くても困らないよ」
「でもっ!」
「あ。それより、夕鈴専用のカップを用意しようか」
「は?」
「僕とお揃いのカップ。どんなのがいい?今度一緒に見に行こうか」
バックに花を背負った小犬が、ドリームを語りだした。
夕鈴は付いて行けずに、沈黙するしかない。
沈黙は肯定。黎翔の中で、次は夕鈴とペアカップを買いに行く事が決定した。


リビングに移動し、テーブルにお茶のセットとケーキを移すと、黎翔が夕鈴の前にカップを置いた。
「どうぞ、先生。お味の程はどうでしょうか?」
少しおどけて見せる表情に、夕鈴も笑みが浮かぶ。
「では、頂きます」
そっとカップを持ちあげ、ふう、と息を吹きかける。
ふわりと紅茶の香りが広がった。一口含み、ゆっくりと味わう。
「ん。美味しいです」
眼を細め、嬉しそうに微笑む夕鈴。
じいっと見ていた黎翔も、ほっとしたように微笑んだ。
「良かった」
「ふふ。ほんとに美味しいですよ?」
「夕鈴流、免許皆伝?」
「そうですね。お免状、差し上げてもいいですよ」
リビングに、2人の笑い声が響いた。

お茶とケーキで一息ついた所で、黎翔が漸く本題に入った。
「さて。じゃあ、この間の『呪い』についての説明をしようか」
和やかだった空気が、少し緊張したように感じるのは、夕鈴自身が緊張したからだろうか。

「何代か前の当主の書きつけで、分かった事なんだけどね」
そう言って、黎翔は事の始まりから説明を始めた。


珀家は、昔から続く旧家であり、遡れば王家に辿り着くような家柄であり、今現在も、上流階級ではトップクラスだ。
そんな長い歴史を持つ家なので、中には問題児と言えるやっかいなのも出てくる。
今から数代前の当主が、このやっかいな部類に入る人だった。
本家お膝元にある、これまた古い神社の巫覡(シャーマン)と、何やらいざこざを起こしたのだ。
その神社というのが汀家であり、当時の巫覡であった女性から、呪いを受けてしまったそうだ。
「って、うちの先祖が呪いを掛けたんですか?!」
「そうらしい。調べてみるとね、呪いを掛けた当時のその巫覡は、結構な力を持っていたらしいんだよね」
「…はぁ」
なんだか、いきなり怪しい方向に話が進んでいく。
って、呪いってところでもう既に怪しいけれど。第一、うちが神社の家系だなんて知らなかった。
夕鈴の戸惑いを余所に、黎翔の話は続く。
「呪いの解除方法については、色々条件があってね。その後、何代もの当主があれこれ試したんだけど、どうやら、汀家直系の女性によってしか、解けないらしいんだ」
「それで、私が鍵だと仰ったんですね」
「うん。呪いを解くには、清らかな未婚の乙女の許しが必要だって、書付には書いてあるんだ。それと、もう一つ。リモコンみたいなのがあるらしいんだけど…夕鈴の家でそんな話とか、聞いたこと無い?」
「へ?リモコン…ですか?」
「うん。リモコンというか、オン、オフのスイッチくらいの単純なものだと思うんだけど」
黎翔からそう言われて、夕鈴は記憶を辿る。
リモコン…スイッチのようなもの…何かあったかしら?
「あ…もしかして……」
「心当たりある?!」
ぽつりと呟いた途端、黎翔が食いつくように身を乗り出してきた。
自分の呪いが解けるかどうかが掛っているのだから、当然と言えば当然なのだが、いきなり目の前に迫ってこられては、驚いて引いてしまう。
「あの…昔、お祖母ちゃんから、大事なものだから、失くさない様にって渡された箱があるんですけど…中身が何なのか、見ていないから、それがそのリモコンなのかどうか…」
「今、その箱は、君の家にあるの?」
「あると思います。多分、納戸の中とかに、仕舞ってあるかと…」
「直ぐに見て貰っても良い?それで、もしその箱の中身がそれだったら、今日中に試したいんだけど…良いかな?」
「はい、勿論です!」
黎翔も、呪いが解けるかもしれない、ということで些か気が逸っているようだ。
直ぐ様車の鍵を掴むと、夕鈴を促した。
「慌ただしくて、ごめんね」
「いえ!こうなったら、さっさと呪いを解いて、すっきりしましょう!」
「うん。ありがとう」
ほにゃっと小犬になった黎翔が笑う。


二人は再び車で汀家へ向かう。
「そういえば、どんないざこざで、うちの祖先は呪いなんて掛けたんでしょうか?」
車の中で、夕鈴はふと疑問を口にした。
「……その辺は、詳しく書かれていなかったんだよね。ただ、なにやら揉め事があったらしいとしか、分からなくて…」
心なしか、黎翔の歯切れが悪くなったが、疑問に気を取られていた夕鈴は、気づかなかった。
「そうですか…。うちの御先祖が、こんな呪いを掛けたせいで…御免なさい」
「いや!夕鈴が悪いせいじゃないからね?!そんな謝ることないから!」
まさか、その揉め事と言うのが、当時問題児だった当主が、巫覡に対して不埒な行為に及ぼうとして、手痛い返り討ちに遭った、などというのが知られたら、どんな反応が返されるか、夕鈴には到底真実は言えなかった。



「ちょっと待ってて下さいね。直ぐに見てきますから」
「大丈夫?手伝うよ?」
「平気ですよ。そんなに物が多いわけじゃないですから。直ぐに見つかると思います。
黎翔さんは、ゆっくりお茶でも飲んでて下さい」
汀家に付いて、夕鈴は居間に黎翔を案内すると、自分は納戸へと向かう。

ガタガタと、些か建付けの悪い引き戸を開ける。
普段使わないものなどを入れてあるので、埃と澱んだ空気が舞った。
「ここも一度整理した方が良いわね」
そう呟きながら、夕鈴は古い記憶を思い出そうとゆっくり視線を巡らせる。
何処に仕舞ったんだったかしら?
確か、あの時お祖母ちゃんが帰ってから、何処に保管しようか考えて……。
ふと視界の隅に入った、臙脂色の風呂敷包み。
狭い納戸の、右端上の奥に、それは鎮座していた。
夕鈴は、そっと手に取り、その場で包みの結び目を解いた。
中には、些か黒ずんだ古い木の箱。夕鈴の両手に収まるくらいの大きさだ。
夕鈴はその場で蓋は開けず、また風呂敷を被せ、居間に戻った。


「黎翔さん、お待たせしました」
夕鈴が居間に入って声を掛けると、棚の前に立っていた黎翔が、ぱっと振り向いた。
じっと座って居られなかったのだろう。
どうやら、写真立てを見ていたようだ。
「手間を掛けさせてごめんね」
気が逸っているだろうに、夕鈴への労いは忘れない。
「いいえ、結構直ぐに見つかりました。多分、これだと思います。確認して下さいますか?」
再びソファに促し、夕鈴は手にした木箱をそっとテーブルの上に置いた。
「…開けても?」
黎翔の問いに、ゆっくりと頷く。

そっと開けられた箱の中には、黎翔の片手に収まる程の、四角い物体が入っていた。
摘みを倒すことで、オンとオフに切り替わるようだ。
「「……………」」
二人とも、無言でじっと見てしまう。
果たして、これで呪いが解けるのか…。
何やら頼りない気がするが、書付の通りのものが、実際出てきたのだ。
「…まあ、試してみない事には、分からないか……」
ぼそっと黎翔が呟く。
「そうですね。今すぐ、やってみますか?」
「いや、これは呪いが発動している時じゃないと、意味が無いから、日が暮れるのを待つしかないな。
夕鈴、何度も悪いけど、もう一度、僕のマンションに来てくれる?」
「はい!こうなったら、最後まで見届けます!」
こうして二人は再び黎翔の部屋まで行く事になった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

2. 電Q☆現代パラレル  

電Q現パロ5 ~呪いの解除(?)編~

黎翔のマンションに再び戻ってから、日が暮れるまでの2時間程の空き時間。
夕鈴は、最新設備のキッチンで、料理をしていた。

ただ待っているだけなんて、時間が勿体ない!と夕鈴が言いだしたのだ。
何かしていた方が、気が紛れると思ったのだが、初めてしまうと、没頭してしまった。
材料は、たっぷりある。
またストックを作っておこう、とあれこれと作りだし、夕鈴は持てる限りの技で、次々と料理を仕上げていく。
ほかほかと湯気を上げる、熱々の料理に、黎翔がそーっと手を伸ばしたのを、
「摘み食いは駄目です!」
とおたまで手を叩いてしまったのは、ご愛敬だ。

「ねえ、夕鈴。もう食べて良い?」
待てが出来ない小犬よろしく、黎翔がダイニングテーブルに並べられた料理を前に、そわそわしている。
「はい、お待たせしました。どうぞ、召し上がれ」
「頂きます!」
お許しが出た途端、食い付く小犬。振り切れんばかりの尻尾が見える。
「うん、美味しい!」
「良かったです。いっぱい食べて下さいね」
「ありがとう、夕鈴♪」
次々と箸を伸ばして食べる黎翔に、夕鈴も嬉しそうに笑う。
自分の作った料理を、美味しいと言って食べてくれるなら、作った甲斐があったというものだ。
「冷蔵庫や冷凍庫にも、保存容器に入れてしまってありますから」
「うん、ありがとう。夕鈴のご飯はホントに美味しいね」
「…ありがとうございます」
褒められて、夕鈴は照れくさそうに笑う。
「お嫁さんが、料理上手だと、良いよねぇ」
「え?何か仰いました?」
黎翔がぽつりと漏らした言葉は、夕鈴の耳まで届かなかった。


そろそろ日も暮れるか、と言う時刻に夕飯を終え、後片付けを二人並んでする。
乾燥機能が付いた、りっぱな食洗器があるのだが、黎翔はそれを黙殺した。
折角イチャイチャできる機会を逃すような真似はしない。

夕鈴が洗った食器を、黎翔が受け取り、拭いて仕舞う。
テンポよく進む作業に、また、黎翔が調子に乗った。
「何だか、本当に夫婦みたいだね」
「へ?はぁ?!なんでですか?!!」
今度は、きちんと聞こえたようだ。夕鈴の頬が、途端に色づく。
「え~、二人で仲良く後片付けなんて、そんな感じしない?息もぴったりだし」
「こっこんなことぐらいっ!誰とでも出来ますよっ!!」
「そう?気の合わない人とでも、上手く出来る?楽しいかなぁ?」
「う。それは…」
突っ込まれて、思わず口ごもる。
「で、でも…こんな事くらいで、ふっ夫婦…とか、ないですからっ!」
夕鈴は真っ赤な顔で、思いっきり否定する。
「え~?!夕鈴ってば、そんなに僕と夫婦って嫌なのー?」
しょぼくれた小犬が、きゅんきゅんと鳴く。
「は?いや、そういう訳じゃなくてですね…」
どーしてそっちにいくんですかーっ?!
思わず脳内で思いっきり突っ込む夕鈴だった。



イチャイチャ(夕鈴はそう思っていないが)しながらの片付けが終わり、ダイニングからリビングへと移動する。
夕暮れ時の室内は、薄暗くなり、黎翔は室内の明かりを付けた。(まだ自己点灯ではない)
外の様子を窓から窺いながら、ソファに座る。
「さて、と。そろそろ時間かな」
「あ、はい。準備ですね」
「うん。と言っても、夕鈴頼みなんだけどね」
「はい!頑張ります!このスイッチを、オフにすれば良いんですよね?」
夕鈴は、風呂敷に包んだまま持って来ていた木箱の蓋を開け、そっとリモコンを取りだした。
「…そうなんだけど……それだけじゃ駄目なんだよね」
「え?まだ何かあるんですか?!」
「うん。ほら、さっきも言ったけど、“呪いを解くには『清らかな乙女の許し』が必要“だって。…それがどういう事か、判る?」
「え…と、何か、呪文みたいなものがあるんですか?」
夕鈴が不安になって聞くと、黎翔が嬉しそうに笑って、爆弾発言をした。
「古今東西、男が呪いに掛った場合、それを解くのは、女性からの愛の籠ったキスだと、決まってるよね♪」
「………はいぃ?」

今、コノ人ハ、何ヲ仰ッタノデショウカ。

夕鈴の思考が停止した。
「今までも、父や祖父や、代々試したらしいんだけど、やっぱりスイッチとセットじゃないと駄目らしくて、呪いは解けなかったんだよね」
「………」
「あちらの姿の時に、スイッチで明かりを消して、キスしてくれれば、良い筈なんだ」
「……………」
「あ、熱くは無いから、火傷とかの心配はないよ!」
「………………」
「夕鈴?聞いてる?」
「…え?あっはい?!っとわぁ!」
カチンと固まったまま、意識を飛ばしていた夕鈴は、近距離で顔を覗きこまれて、思い切り仰け反った。
「大丈夫?」
「は…はい、すみません。だい…じょうぶ、です…」
バクバクする心臓を押さえ、夕鈴は座り直すと、改めて言われた事を脳内で反芻した。

……それは、つまり、電球に、ちゅーをしろ、と言う事ですか…?

「ふえぇえええっ?!」

出てきた答えに、再び奇声を上げた。
汀 夕鈴。花も恥じらう17歳の少女の初めてが、電球。

夕鈴がわたわたとしていると、ポウンっと黎翔の顔が変わった。
とうとう日が暮れたのだ。
先程まで目の前にあった端正な顔は、丸い電球になっていた。
抑え気味にしているのか、ほわほわと柔らかな光は、30Wくらいか。

「夕鈴…やっぱり、嫌だよね……。こんな、何処が目鼻かも分からないような、電球なんかに、触れたくないよね」
しょんぼりと肩を落とし、ちかちかと瞬きながら、黎翔が呟く。
電球のくせに、夕鈴の弱い小犬攻撃という、あざとい技を駆使してきた。
だが、夕鈴は言われたことに、はたと気づいた。
――――― 何処が目鼻かも分からない―――― 
確かに、つるっとしたフォルム(電球だし)、特に凹凸もなく、どうやって声を出しているのか不明な程の物体。
そんなに意識することは、ないのだ。いやむしろ、気にしなくていい。
言ってみれば、ぬいぐるみにキスするのと同じことだ。

「いえっ!大丈夫です!!ええ、最後までやり遂げますよ!」
ふっ切った夕鈴は、ぐっとリモコンを握った手を突き出し、気合満々とやる気を見せた。
「いいの?無理することないんだよ?」
「いえ、原はと言えば、うちのご先祖様が呪いなんて掛けてしまったのが始まりですから。子孫の私が後始末をしないと!」
意識が少し斜めっていっているが、そこは夕鈴だ。今更突っ込まない。
そもそも、呪いを受けるようなことをしでかした、珀家の先祖が悪いのだが、最初の説明で、上手く誤魔化されてしまった夕鈴は、自分の方に非があるのだと思っている。
「では、いきます」
緊張した面持ちで、手の中のリモコンスイッチに手を掛ける。

―――カチッ

部屋の中に、小さな音が鳴り、次いで部屋の中がわずかに暗くなった。
ドキドキしながら黎翔を見ると、明かりが消えている。
「……消えましたね…」
夕鈴は改めて、本当に電球だ、としみじみ思った。
「そうだね。この姿になってから、初めてだよ。どんなに頑張っても、消すのはできなかったんだよね」
何をどう頑張ったのかは、触れないでおこう。
「さ、夕鈴。明かりが消えて、眩しくないし、何時でも良いよ」
黎翔は、先程とは打って変わって、うきうきモード全開で、両手を広げて催促する。
明かりが点いていたら、さぞかし楽しげに点滅していただろう。
幻の尻尾を振り回し、受け入れ準備万端、といった体勢だ。
途端に、夕鈴がぴきっと固まった。

…いや、これは只の電球…何も恥ずかしがる事はないんだわ……そう、ぬいぐるみにキスするのと変わらない……はず。

夕鈴は自分に言い聞かせつつ、ごくりと喉を鳴らした。
リモコンを手に握ったままだが、夕鈴の意識は既に手元にはない。
逆に、自然と握りしめてしまっている。
ゆっくりとソファから立ち上がると、そろりと電球…もとい、黎翔に近づいた。
その姿は、警戒しながらも、好奇心のまま、危険かも知れない物へ近づく兎のようだ。

そっと片手を伸ばして、ぎりぎり届く距離を保ちつつ、恐る恐る、電球に触れる。
黎翔の言った通り、熱くはない。かといって、ひんやりしているのかと思えば、そうではなく、人肌の温もりがあった。
そのまま前屈みで、人の顔なら額近くになる場所に、キスをしようとした所で、腰を引かれ、体勢を崩した。
「うきゃ」
咄嗟に眼の前にあるものにしがみ付く―――黎翔の肩だったが。
気が付けば、黎翔に抱きつく形で、膝の上にがっちりホールドされていた。
「へ?うぇ?なんで?!」
「うん?体勢が辛そうだったから。こっちの方が、キスしやすいでしょ?」
でしょって何ですか―?!
膝上抱っこの意味が分かりません!!
夕鈴は真っ赤な顔で暴れるが、ご機嫌な電球は拘束を解かない。
「ほら、夕鈴。頑張ってくれるんだよね?」
黎翔に促され、ううっと唸りながらも、夕鈴は暴れるのを止めた。
もう一度気合いを入れて、黎翔に向き合う。
先程とは違って、今度は見上げる体勢。何やら恥ずかしさが増した感じだ。
いや、相手は電球。ぬいぐるみにするのと同じ。恥ずかしくなんてない!
「……い…いきますよ?!」
夕鈴は、眼を瞑り、今度は勢いをつけて、えいや、とばかりに電球のどの辺かわからないまま、ぶつかっていった。
ムードも何もあったものではないが、そもそも電球相手にムードを作る必要は無いだろう。
黎翔の方も、どうせなら、きちんと人の姿の時に、して欲しい所だ。

唇に、硬いものが当たる感触がした。

夕鈴はぱっと顔を離した。
お互いに向かい合うこと暫し。
「「……………」」
黎翔の姿に、変化は起きない。
「…戻りませんね……」
「可笑しいな。これでいいはずなんだけど…場所が悪かったのかな」
夕鈴の唇が当たったのは、電球の下の方だった。人の顔で言えば、頬の下の部分だろうか。
「もう一回、してくれる?」
「ええっ?!」
黎翔に言われ、思わず仰け反るが、がっちり掴まれて居るため、逃げられない。
だが、最後までやると言ったのは、夕鈴だ。
羞恥心を何とか抑え込み、もう一度試みる。

今度は反対側にぶつかって行った。
だがやはり、変化はない。

本当に、呪いを解くのはこの方法なのか?と思ったところで、黎翔から指示が出た。
「今度は此処にしてみて?」
指で示されたのは、正面中央よりやや下。丸いフォルムから、ソケットに向かって、細くなっていくあたり。
そう、人の顔で言ったら、唇のある辺りではないだろうか。
夕鈴の顔が、ぼふっと赤くなった。
「え……その…」
「駄目?もう出来ない?」
しゅん、と耳を垂れさせた電球小犬が、ぴすぴすと鳴く。
「いえ!やります!頑張ります!!」
罠にはまった兎は、しゅたっと向き直る。
そうよ!ぬいぐるみ相手よ!何も恥ずかしくなんて……。
自分に言い聞かせながら、夕鈴はキッと黎翔を見上げれば、パタパタと尻尾を振り、小花を飛ばす小犬電球。
は…恥ずかしくなんて……これはぬいぐるみ。そう、子犬のぬいぐるみなのよー!
夕鈴は自己暗示を掛けながら、真っ赤な顔で向かっていく。
肩に置いた手が、プルプルと震えている。
黎翔は、少し前屈みになり、夕鈴がキスしやすいように近づいた。

ちゅ。
と小さな音がして、夕鈴はぱっと顔を離した。
真っ赤な顔のまま、涙目で、上目遣いに黎翔を見る。
今度こそ!と変化を待つが、電球は変わらない。
「「……………」」
二度目の沈黙が、二人の間に漂う。
「れ…黎翔さんの嘘つきーっ!」
とうとう夕鈴の限界値がきた。じたばたと暴れだす。
「わっ!ちょっ、待って、夕鈴落ち着いて」
黎翔は何とか宥めようとするが、夕鈴は止まらない。
ぶん、と振り上げた右手が、がつっと硬質な音をたてた。
「うっ」
「え?」
自分の手に返った衝撃に、ハッと我に返り、黎翔を見れば、額(と言っていいのか)の所を手で押さえている。
そう。夕鈴が無意識のまま手にしていたリモコンで、思いっきり叩いてしまったのだ。
「あ!ごっ御免なさい!大丈夫ですか?!」
慌てて様子を見るも、黎翔は動かない。
そして―――ぴき、と嫌な音がした。
黎翔が押えている手を見れば、その下には罅があり、それは徐々に広がっていた。
「え?!嘘!ど、どうしよう。黎翔さん、黎翔さん、大丈夫ですか?!」
パニックになった夕鈴は、自分も傷口(?)に手を当てるが、罅は止まらない。
ぴきぴき…ぱりん。
と無常にも、電球は割れていった。
夕鈴は思わずぎゅっと眼を瞑った。割れた電球がどうなっているのか、怖くて顔を上げられない。
「…りん、夕鈴。大丈夫だから」
俯いた頭の上から、黎翔の声がした。
「ほら、顔を上げて」
一緒に抑え込んでいた手を取られる。ぺたりと掌に感じるのは、柔らかな温かい肌の感触。
夕鈴が恐る恐る顔を上げると、そこには黎翔の端正な顔があった。
紅い瞳が、間近から自分を見ていた。
「…黎翔さん…?」
「うん。どうやら、呪いが解けたみたいだ」
ふわりと柔らかな笑みを浮かべる黎翔。
「~~~良かったぁ~~」
眼尻に涙を溜めながら、へなへなと脱力した夕鈴は、無意識に黎翔に凭れ掛かった。
「夕鈴のおかげだよ。ありがとう」
腕の中の兎の感触を密かに楽しみながら、黎翔は回した腕に力を入れた。

まさか、「乙女の許し」がリモコンで殴ることだとは、流石に思いつかないことだったが、ご先祖の不埒な行いに対して、一発殴るくらいで許すなど、寛大な処置と言えるだろう。
だがしかし、先祖の呪いの解除に対する、自分に都合のいい解釈の仕方は如何せん、子孫としては項垂れたくなる。
どんなバカ殿だったんだ、と言いたい。
だが、漸く自分の代で呪いは解けた。これからは日暮れを気にしなくてもいいのだ。

「これからは、時間を気にせず夕鈴に会えるし、遅くなっても僕が送っていけるから、安心してね」
ご機嫌な狼は、子犬の皮を被って、尻尾を振り、目の前の頭にちゅっと口づけを落とす。
「へ?あの…それは…どういうことですか?」
言われたことに、夕鈴は顔を上げた。
「ん?これからは夜でも気にせず会える、てことだけど?」
「は?あの、まだ何か、あるんですか?」
「何かって…ひょっとして夕鈴は、呪いが解けたら終わりだと思ってたの?」
「そうじゃないんですか?」
「……………」
夕鈴の返事に、黎翔が思いっきり凹んだ。
「え?あの、黎翔さん?!大丈夫ですか?」
「…夕鈴って、酷いよね。もしかして悪女?」
目の前でいきなり凹まれて、心配していた夕鈴は、言われた言葉に目を剥いた。
「はぁ?何ですか、それ?!」
「だって、呪いが解けたらさよならって…酷くない?」
「え?だって、それは……」
元々、黎翔の方が呪いを解くために、夕鈴に近づいたのではないのか。
だから、役目が終わったなら、もう会うこともないと思ったのだが、違うのか。
戸惑いながら、疑問符を頭に浮かべる夕鈴の顔を見て、黎翔は苦笑を漏らす。
本当に、思ったことが顔に出る子だ。これはちょっと、思い知らせた方が良いかもしれない。
黎翔は、押しに出てみた。
「私には、まだまだ君が足りない。これからもっとお互いを知るためにも、時を重ねていく必要があると思うのだが?」
「へ?ひょえ?!(゚Д゚;)」
いきなり色気ダダ漏れな狼で間近に迫られ、夕鈴は焦って真っ赤になる。
なになになにー?!いきなりなんなのー!!
「夕鈴……」
耳元で囁かれ、夕鈴はぼふん、と爆発した。
意識がぐるぐるしている夕鈴を見て、黎翔は此処が限界値か、と図る。
「まずは、約束のカップを買いに行こうね」
黎翔はにこっと笑って、夕鈴の顔を覗き込む。

この人は~~っ!
からかわれた、と思った夕鈴は、真っ赤になって黎翔の膝から逃げ出した。
玄関へのドアまで走りよると、くるりと振り返り、キッと黎翔を睨み付ける。
赤い顔の涙目で睨んでも、迫力などない。
寧ろ、「可愛いなぁ」などと思われているとは、この時の夕鈴には思いつきもしない。
「黎翔さんなんて…黎翔さんなんて……今度は全身電球になっちゃえばいいんですっ!!」
叫ぶと同時に、ぎゅっと力を入れた左手の中で、かち、と小さな音がした。
後生大事に握っていた、リモコンのスイッチが入った音だった。
だが、感情が高ぶり、限界値を超えている夕鈴それに気づかず、うわああああんっ!と部屋を飛び出していった。
「え?ちょ、夕鈴!待ってっ!!」
黎翔は追いかけようとした。
が、それは叶わなかった。
夕鈴が脱兎のごとく逃げ出してから、いきなりぐにゃりと視界が歪んだのだ。


そして、後に残されたのは―――――フローリングの上に転がった、丸い電球が一つ。


「……って、何だこれはーΣ(゚Д゚)?!」
我に返った黎翔は、自分の姿が今までになく小さくなっていることに、思わず叫んだ。


そう、珀家当主は、またしても、呪いを掛けられてしまったのだ。
しかも、今回は頭だけではなく、全身電球になるという呪いを。
ソケット部分からは、短い手足(?)が生えている。
俗にいう、目○の親父状態だ。
また夜だけ電球なのか、一日中この姿なのか、それすら分からない。


そして、この呪いがどう解けるのか…それはまだ、誰にも分からない。




終われ。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

2. 電Q☆現代パラレル  

あとがき~

と言うことで、電Q現パロ、無事(?)書き上げることができました!
長いこと(ホントに間が長かったぜ☆)お付き合い下さいまして、ありがとうございました
書き上げるにあたって、ネタや助言を下さったBさんPさんRさんに、深く感謝いたします。
本当に、書き上げられたのは、貴方達のお蔭ですよ(笑)

皆さんの心に、一筋の電球の明かりが点ったなら、嬉しいですwwwww
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