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1. 電球陛下

王宮バージョンその2

続きです。





ある王国の光る王様のお話






政務室では、宰相の纏うドヨドヨ空気と、陛下の鋭い最大電力(くどいようだが1000W)の光線がぶつかり合っていた。
近くに居る李順は、濃い目のサングラスをかけ、目を伏せて、息苦しいのを耐えるだけだ。
陛下の光はかなり強いが、宰相も負けじとドヨドヨ結界で対抗している。
危うい均衡を保ちながら、決裁書類が捌かれていく。

夕鈴と散歩。夕鈴とご飯。夕鈴とデート。

陛下の処理能力を最速にしているのは、脳内(フィラメント?)の、この呪文だ。
既に陽は高くなり、お嫁さんと過ごす時間は、刻々と過ぎてゆく。
新たに陛下の元へ書類を提出しようとする官吏には、カッと光線を浴びせ、撃退する。
見かねて李順が書類を受け取り、内容を確認しつつ、明日の仕事として整理した。

陛下にとって、予定外の仕事が漸く片付いた。
何とか、昼前には決着がついたが、1日のほぼ1/3を費やした。
「今日はもう何もしないからな!私はこの後、妃と過ごす。邪魔は許さん!!」
きつい口調で云い切ると、陛下はさっさと後宮へ足を向けた。
残された側近は深々と溜息を付き、宰相は特に予言を告げるでもなく、黙って自分の執務室へと下がって行った。


陛下は一目散に後宮へ向かう。
漸く、夕鈴とゆっくり過ごせるのだ。少しでも早く、と急く気持ちが足の運びに表れる。

夕鈴の部屋の前に着くと、女官が控えていた。
「妃は中か?」
陛下の冷ややかな光に、女官は縮こまって、礼を取る。
「いえ、お妃様はただ今、西のお庭に出ていらっしゃいます」
女官の返答に、陛下は無言で外に出た。
西側は、秋を表した庭だ。今時期は、肌寒さを感じさせるだけの、寂しい風景が広がっているだけのはず。
そんなところに行っているとは、夕鈴の興味を引くようなものが、何かあるのだろうか。

西の庭に近づくと、微かに人の声が聞こえてきた。
何やら楽しげな雰囲気が感じられる。
陛下は静かに近寄った。
低い植込みの向こうに、侍女と楽しげに話す夕鈴の姿があった。
目の前には、橋の架かった、やや大きめの池。
そこに、数羽の渡り鳥がいた。どうやら、餌を与えていたらしい。
鳥を驚かせないように小さな声で、でも、楽しげな夕鈴の笑顔に、陛下のささくれ立った気持ちが静まっていく。


「妃よ、此処に居たのか」
そっと近付き、背後から抱き締めるように腰に手を回す。
いきなりの事に、夕鈴はかなり驚いたものの、何とか奇声、もとい悲鳴を呑み込んだ。
「陛下っ!お仕事は、終わられたのですか?」
くるりと後ろを振り返ると、ほわほわと輝く陛下が、機嫌良さ気に頷いた。
「ああ、急ぎのものは、全て片付けた。今日はもう、何もない。君とゆっくり過ごすことができる」
「それは…ようございました」
侍女の手前、夕鈴は一生懸命妃演技をする。
陛下が眩しくて、やや顔を眇めてしまうのは、これだけ至近距離であれば、仕方ない。
「渡り鳥、か」
「はい。数日前から、ここに居るのです。餌を啄ばむ姿が可愛らしくて…」
厨房から、ご飯のあまりを貰い、毎日与えているのだという。
もう少し寒くなったら、また飛び立っていくと、庭師に教えて貰った、と夕鈴は番いの鳥を見ながら説明する。
「遠くまで飛ぶには、体力も要るでしょうし。次に飛び立つまで、私が出来る事は、餌を与えてあげることくらいですから」
「我が妃の優しいことだ。だが、その優しさは、夫には向けてくれないのか?」
「へ?」
「折角休みを取ったというのに、夫を放り出して、鳥に夢中とは、些か冷たいのではないか?」
「そっそんなことは…!きゃっ!」
慌てる夕鈴を、陛下は軽々と抱き上げると、部屋に向かって歩き出した。
「へっ陛下?!どちらへ?あのっ歩けますから、降ろして下さい~」
ジタバタともがく夕鈴をがっちりと捕まえ、陛下はそのまま歩みを進める。
久々の(といっても、たったの2日半だが)お嫁さんの感触に、陛下はすっかりご満悦だ。
「昼餉は、まだだろう?鳥には餌を与えて、自分は無しか?」
からかうような陛下の口調に、うっと夕鈴は詰まる。
「陛下も、まだですよね?」
「ああ。だから、久しぶりに、一緒に食事をしようではないか」
「はい、陛下」
抱きあげられたまま、顔を袖で隠し、恥じらうような妃の姿に、後ろから従う侍女達は、にこにこと楽しげだ。
例え、陛下が眩しくて、袖で顔を覆っていたのが真実だとしても、云わなければ分からないものだ。

昼餉は妃の部屋で取ることになった。
といっても、夕鈴は陛下がどうやって物を食べているのか、見たことが無い。
正直にいえば、見るのが怖い。
なので、過去に何度か一緒に食事をした事はあるが、いつも視線は下へとそらされていた。
そしてそれは、今日も同じだ。

妃と二人でゆっくりしたい、と陛下は給仕の女官達を下げてしまった。
「ごめんね、ゆーりん。本当は、朝からお休みのはずだったのに。いきなり仕事が入っちゃって…」
20Wでほわほわと光る陛下に、夕鈴はいつもの名台詞を言う。
「いえ、お仕事は大事ですから!きちんとやらないと、後で大変なのは陛下ですし」
「…うん。でも、朝から夕鈴と庭を散策したり、午後は下町に遊びに行こうか、とか
色々考えてたのに、すっかり予定が狂っちゃったよ」
「それは、でも、仕方ないですよ…。ていうか、下町に行こうとしてたんですか?!」
「うん」
陛下は勿論、と言うように、光った。
「そんなホイホイ王宮抜け出して、李順さんに見つかったら、また何時かみたいにお仕事ぎゅーぎゅーに詰め込まれますよ」
そして、夕鈴にもとばっちりが来るのだ。
それは是非とも遠慮したい。
第一、そんな光る頭で街中に出るなど、言語道断だ。
絶対に一緒に行動したくない!
「え~。街で夕鈴とデートしたかったのに」
しゅん、と陛下の光が弱まる。
「陛下、折角のお休みなんですから、何かしたい事とか、ないんですか?」
しょぼい光になった陛下に慌て、夕鈴は何とか話題を逸らす。
「……したい事…」
「ええ!今日はお天気も良いですし、午後からまた、庭の散策に行くのも良いですし。
それとも、読書とか。あ、気分転換に、訓練場に行かれるとか…っ」
「……折角の休みなのに、夕鈴は僕と一緒に居たくない…?」
さらにワット数の下がった陛下に、わたわたと慌てながら、夕鈴はなんとか打開策を探す。「いえ!そんなつもりじゃ…。ただ、普段お仕事でお疲れなのに、お休みまで私に付き合う事はないんじゃないかと」
「…我が妃は冷たいな。折角の休みだからこそ、愛しい妃と過ごして癒されたいと思う私の気持ちは分かって貰えないか」
いきなり切り替わった陛下に、夕鈴は尚更慌てる。
何故いきなり狼モードなの~っ?!
「えっとえっと。そうではなく!そそそそそれでしたら、やはり午後からは、御庭を散策しましょう!!
ええ、奥の庭が、冬囲いも済んで、綺麗だそうです!!」
ぐるぐると目を回しながら云い切った夕鈴だが、その案は却下された。
「それも良いけど…僕、夕鈴と料理作ってみたいなぁ」
またもや小犬に戻り、とんでもないことを言い出した。
「へ?料理…ですか?」
「うん。ダメ?」
ほわほわと光りながら、陛下がおねだりする。
「えっと…でも、いきなりだと、厨房の方でも困るんじゃないかと…」
多分、午後からは、今日の夕餉の支度がされることだろう。
だが、我儘勝手な陛下には、通用しない。
「え、大丈夫だよ。厨房にある材料で、ご飯作れば、それが夕餉になるでしょ?無駄は出ないよ?」
期待を込めて、陛下がピカピカ光る。
夕鈴は、眩しさに負けた。


陛下に押し切られ、結局二人で夕餉を作ることになった。
厨房で下準備をしていた料理人は追い出され、夕鈴は申し訳なく思ったが、陛下の我儘に、誰も逆らえなかった。

「色々あるけど、何作ろうか?」
陛下がウキウキと発光する。30から40Wを行ったり来たりと忙しない。
「そうですね…。お野菜が豊富ですから、炒め物やスープが良いですかね。
あ、魚介もありますね。帆立と海老と野菜で…八宝菜と、白菜とお肉メインで、蒸し餃子にしましょうか。それと…スープの具は……お魚も………」
食材と向き合いながら、夕鈴はぶつぶつと呟き、献立を考える。
「ねえねえ、ゆーりん。フカヒレとか、アワビもあるよ。
あ、ツバメの巣がある。これでスープ作ろっか」
さらっと高級食材を上げて、ぽいぽいと調理台に並べてゆく。
「ちょっ!ちょっと待って下さい陛下っ!!」
慌てたのは夕鈴だ。
そんな高級食材、料理するどころか、触ったこともない。
どうやって処理してよいかも分からない物を、出されても困る。
「陛下。そんな貴重な物、私には扱えませんから、それはプロの料理人さんに任せて下さい」
「え~。どうせなら、試してみない?」
陛下は唆すが、夕鈴は乗らない。
「駄目です!もし失敗したら、折角の材料が勿体ないです!」
「でも、こんなにあるし……」
「一つ一つ、苦労して採取されたものなんですよ?大事に扱わないと、罰が当たります」
めっ、と子供を叱るように言い聞かせる夕鈴に、陛下は仕方ない、と折れた。
そんなこんなで、あれこれと食材を選び、日頃夕鈴が慣れ親しんだ物で、何時もの庶民料理を作ることになった。

食材を切る。捏ねる。混ぜる。包む。炒める。焼く。煮る。蒸す。
陛下にやり方や手順を説明しながら、夕鈴は下ごしらえをし、手際良く作業を進めて行く。
が、一つやるにも陛下がいちいちチョッカイを掛け、時に狼陛下で掻きまわしてくる。
陛下の暴走は、止まらない。

そして、決定的な瞬間が、やってきた。

「………陛下っ!いい加減にして下さい!!!」
あれこれと邪魔をして、自分を翻弄していた陛下に切れた夕鈴が、ギッと睨む。
「―――ゆう…」
陛下が、しまった!と思った時は、既に遅かった。
「陛下のバカっ!!!」
夕鈴は叫ぶと同時に、咄嗟に手にしていた物を陛下に投げつけ、厨房を走り去った。


兎に逃げられ、後に残されたのは、袋の中の生ごみを頭から被った陛下の姿。
ずる…、と袋と生ごみが滑り落ちる。
陛下の足元に落ちた時、カツ、と硬質な音がした。
と同時に、ぴき、ぱりん…と言う音が響き、一気に室内が暗くなった。

「陛下~?大丈夫っすか~?何だかお妃ちゃんが逃げ去って行きましたけどぉ」
優秀な隠密は、出来る事なら関わりたくないと思ったが、急に部屋は暗くなるし、夕鈴はバタバタと走り去って行くしで、仕方なく、中に声を掛けた。
そして、やっぱり放って於けば良かった、と後悔した。

自分の眼に映るのは、生ゴミまみれになり、罅が入り、割れてしまった頭を項垂れさせて、どよん、と立ちすくむ主の姿。
あ~こりゃ浮上するまで時間が掛りそうだなぁ。
などと、頭の隅で冷静に判断しながら、浩大は陛下に近づいた。
「あ~っと。とりあえず、換えの頭と着替え、李順さんに持って来て貰いますか」
「………」
「陛下ー? 聞こえてます?」
「……さっさと持って来い」
うわ、さすが我儘大王。とは口にしない浩大。
「は~い。ちょっと待っててね」
浩大は、身軽に窓から飛び出して、側近の元へ走った。

その後、浩大から事情を聴いた側近が換えを抱えて現れ、交換を済ませると、そのまま長い説教タイムに突入した。
その間、陛下は一切口を開かず、5Wの豆電状態で凹んでいた。

当然、夕餉は出来ず、中途半端な厨房で、急遽料理人が対応したのは言うまでもない。


こうして、陛下の休日は済し崩しに終わった。



翌日。
夕鈴は昨日のことを思い出しながら、庭を散歩していた。
陛下に何かを投げつけてしまった後、部屋に逃げ帰り、人払いをして寝室に籠った。
夜に陛下が来たが、気分が悪いと追い帰してから、今日はまだ会っていない。
色々思い返すに付け、夕鈴はしゅん、と落ち込んだ。
あれこれ翻弄され、腹が立ったとは言え、陛下に物を投げつけるのはいけなかった。
何を投げつけたかまで、覚えていないが、結構重かった感触は残っている。
やはり、ここはきちんと謝ろう、と夕鈴は結論を出した。
思い立ったら、直ぐ行動に移るのが夕鈴のらしい所だ。
陛下は今時分、政務室に居るだろうか、と足を向けようとした。
が、考え事をしながら歩いていたので、今自分が何処にいるのかと、ふと辺りを見回す。
「…ここは…?」
夕鈴が迷い込んだ場所。
どうやら、後宮内でも、端の外れであり、木で覆われ、現実から切り離されたような場所
だった。
人の気配もなく、何やら異様な空気を感じる。
後ろに従ってきた侍女達も、何やら恐れているような感じだ。
「お妃様。この先は、お妃様のご覧になるような物は、何もございません。
そろそろお部屋にお戻りになられませんか?」
いつもは夕鈴の好きなようにさせてくれる侍女が、引き留める様に言う。
「…この先には、何があるのですか?」
何やら物々しい感じを察しながら、夕鈴は問いただす。
「…それは……」
よほど言い難いことなのか、侍女はなかなか口を割らない。
夕鈴は、自分の眼で確かめようと、足を踏み出した。
「おっお妃様!」
侍女達が声を掛けるも、夕鈴は黙って突き進む。

突き進んだ先には――――― 墓地らしき、広場。
小さく簡素ながらも、整然と石が組まれ、綺麗に並んでいる。

これは、墓、で良いのだろうか。もし墓だとしたら、誰のものだろう。
何故こんな所に葬られているのか。
夕鈴は言葉もなく、立ち竦んだ。

夕鈴の居る所から一番近い場所に在る墓が、どうやら一番新しい物のようだ。
そっと近付き、じっと見るが、特になにか特徴がある訳ではない。

些か途方に暮れかけたところに、後ろから声が掛った。
「ここに居たのか」
「陛下……」
 夕鈴が振り返ると、そこにはいつもより少しだけ明かりを落とした陛下がいた。
侍女は早々に下げ、夕鈴に近づく。

「これは…歴代の墓、なのでしょうか」
まさか王様の墓がこんな所にあるとは思っていなかったが、もしかしたらもしかするのだろうか。
夕鈴は、半信半疑で、そっと窺うように聞いた。
「ああ」
陛下の返事は完結だった。
夕鈴は、真新しい墓標の前に屈むと手を合わせた。
「お父様の、ですか?」
「いや」
「では、お兄様?」
「昨日の私の、だ。」
「∑(゚Д゚)」

陛下の答えに、夕鈴は咄嗟に声も出ないくらい驚いた。
「…き…昨日の…と、言う事は……あの…あの後……」
夕鈴に、嫌な予感が襲ってくる。
もしや…まさか…いや、でも、もしかすると…。
だらだらと嫌な汗が流れる。
「いや、君のせいじゃない。あれはもう、寿命だったんだ。
ほら、政務で結構激しく消耗しちゃったから」
慌てて陛下が弁明する。
ここでもし、今足元に埋められている物がこうなった原因が、昨日の帆立貝が当たったせいだと知れたら―――夕鈴のことだから、思いっきり気にして、凹んで、泣いてしまうかもしれない。
「……本当ですか…?」
既に涙目で、上目使いに見上げてくるお嫁さんが、可愛い。
「うん、本当。だから、夕鈴が気にすることは無いよ」
なだめるように、陛下がほわほわと光る。
「……はい。陛下、昨日はごめんなさい。陛下に物を投げつけるなんて……あの、お怪我はしませんでしたか?!私、あの時もう何だかいっぱいいっぱいになっちゃって、つい無意識に、手元に在った物を投げつけてしまったみたいで…!」
「大丈夫!何ともなかったよ。僕の方こそごめんね。あれこれ邪魔して、結局無駄にしちゃって…」
「いえ!私が悪いんです」
「ううん。夕鈴は悪くないよ。じゃ、これで、仲直りだね」
「……はい」
「うん。良かったー。お嫁さんと喧嘩したままじゃ、嫌だもんね」
さっきまでのしょぼさは何処へ行ったのか。
陛下は煌々と光りながら、夕鈴を連れて、部屋へ戻った。

だが、そのままお嫁さんとお茶タイム、を目論んでいた陛下を待っていたのは、眼鏡をきらりと光らせた側近だった。
「陛下!まだ仕事は始まったばかりですよっ!!」
まったく、油断も隙もない!と李順は容赦なく陛下を引きずってゆく。
「ちょっと待てっ、李順!」
「書類は待ってくれないんですよ!また、宰相閣下と耐久政務をされたいんですか?!」
ずるずると引き摺られてゆく陛下を、夕鈴は為す術もなく、見送った。

この後、暫く国王夫妻の厨房使用禁止令が、側近によって出された。
お嫁さんの手作りご飯を強請って、駄々を捏ねる陛下が、またもや休みをもぎ取ろうと頭を光らせながら、作戦を練っていることを知る者は居ない。


おしまい。
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